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藤村の『破戒』を読みながら、 妹が観ている『ナルト』のアニメを右から左に聞いていて、ふと思った。
最近 流行する映画や小説、ドラマ、漫画などの設定は、非常に極端な気がするのだ。 特に人物設定が大きいと思う。
例えば『デスノート』。 あの世界には基本的に天才か凡才(馬鹿)しか存在しなかった。 そして今 横で観ている『ナルト』の登場人物に「凡人」はいないし、 その他の漫画やハリウッド映画や何かをとってみても まさに "dead or alive" 状態と言える。
極端すぎるのだ。 しかも極端であるということが必ずしも深い理念を生んでいない。 本来描かれるべきはずの人物像は、登場人物紹介の二、三行で足りるほどである。 キャラクターのセリフは一様になってしまい、そのものが薄っぺらい。
古い小説や名作といわれる小説、映画を観ると、 主人公や登場人物たちは必ずしも非現実的な人間ではなく、 往々にして極端な性格・生活の持ち主ではない。 今読んでいる『破戒』にしろ、 主人公は 穢多の子であるという点以外 いたって普通の人間だ。 高度な描写とは、日常やありきたりなものの内面を探ることなのかもしれない。
そういえば最近 母が「何も起こらない映画が好きだ」と言っているが、 私もだんだんそんな感じになってきた。 時間のあるときに、ゆっくりフランス映画でも観てみたい。
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