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ようやく 前から考えていた記事を書く暇ができて嬉しい。 最近の文才の低下で まとまりがなくなるかもしれないがそこは許していただきたい。 久々の「このブログらしい」記事だ。
(僕は基本的に、占いなどの「オカルト」を軽蔑しているので そういったものと近しい人たちは この記事を読んであまり良くは思わないかもしれない)
この記事では、主に大衆向けの占いを扱う。
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僕の父はどうも「神秘」やら「スピリチュアル」やら 自分から見るといかがわしいようなものを好むので、 それらがどういうものなのかは 意外にもよく知っている。 しかし染まることはなかった。 性格から、最初から懐疑的な眼差しを向けていたせいかもしれない。
まあ そういうものについて 一般化された話を書いても面白くないだけなので、 今回は 高校生という自分の立場を踏まえた上で書きたい。 それに、一般化して誤魔化すのが得意な人はたくさんいるし(笑)
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同年代の友達は かなり「星座占い」「血液型占い」などの (自分から見ると)バカげたものに心酔しているようで、 朝は必ず占いを見てから出かけ、学校で「今日何位だった」という話をする者が少なくない。
「星座〜」「血液型〜」については 人間が4種類や12種類に分けられてたまるか とよく思う。 また、運勢を占う過程(方法)も気になる。 みんなはこういった疑問を持ったことがないのだろうか。
星座占い(占星術?)は、古くからいろいろな時に用いられたようで、 そのための方法も様々なものが伝わっているようだが 少なくとも僕には 合理的な人間分類法であるように見えない。
百歩譲って 生まれた月や星座が運勢や性格に関係しているとしよう。 ではなぜ 占いの番組や本、その他のデバイスによって結果が違うのだろうか。 ――納得のいくような 答えはあるまい。 (それは正しい方法をとっていないからだ! というような詭弁は相手にしたくない) それは即ち 星座に基づいた「運勢」が虚構であるということだろう。
今、試しに2つの「占いサイト」で自分の「今日の運勢」を見てみた。 敢えてどのサイトの結果か表示することはしないが、参考までに見てほしい。 (いずれも6月10日の射手座の「今日の運勢」) お、俺って今日こんなに運良かったんだ、なんて思いましたよ(笑)
- 恋愛運 10(/10)
将来の夢に関して転機となるようなことが。
金銭運 10(/10) 習い事にかかる費用は惜しまないほうが吉。
仕事運 8(/10) 注目される日なので謙虚に振舞って。
ラッキーカラー コバルトブルー
- 恋愛運 2(/5)
恋愛というより同志的なつき合いにツキがあり。 恋人とは社会の問題について話してみよう。
仕事運 3(/5) 職場内の連帯感が強まる日。上下の立場を超えて意見をぶつけ合って。 アフター5の飲み会も吉。
金運 2(/5) 趣味仲間や学生時代の友人と飲みにいくと、 お金につながるいいアイディアが浮かびそう。
ラッキーカラー イエロー
見事なまでの意見の食い違い(笑)
何というか…… 虚しくなってきませんか?
これが占いの真実。
僕は占いに全く興味がないものだから こんなものは初めて見たが、 意外と具体的なことが書かれていることに驚いた。 そこが仇になっている感が否めないが(笑)
しかし、何を根拠に 他人の生活指針にここまで口出しするのだろうか? そう考えつつ改めて「今日の運勢」を見てみると 妙な怒りさえ沸いてくる。 相当図々しい内容だ。 占いの名を借りたマインドコントロールにすら見える。 まあ 好きでこういったものを使っている人は、それはそれで幸せなんだろうが。
血液型占いもそうだ。 何故 数ある分類方法からABO式だけを使うのかも不思議だが、 それ以前にどうして ある抗原を持っている・持っていないで性格が違う という発想が生まれるのかが 甚だ疑問ではないだろうか。
僕はよく「A型だ」と言われるが、 実際は 両親(その前も)ともにO型の、いわば「O型のサラブレッド」(笑)
どうしてそう思うのかよく分からないが、聞くところによれば A型は几帳面なところがあ(ると信じ込まされてお)り、僕は彼らの目にそう映るらしい。 まあそれがいかに嘘八百であるかは、 僕の部屋を見てもらえれば 分かるんじゃないかと思う(笑) 几帳面の几の字も見えてこないでしょう。
この血液型による性格診断は、どうも寂しいものに思えてしまう。 自分や相手の性格をよく知りもしないのに勝手に決めつけ、 一種の催眠状態で行動することになると考えられるからだ。 そうなると個性がどうこうの話ではなくなってしまうのではないだろうか。
初対面の相手を考えてみよう。 まだ あなたは 彼(彼女)がどんな人なのか分からない。 あなたは自己紹介をする。相手も自己紹介をする。 名前、生年月日、職業(まあ学生だけど)、趣味、好きなもの、嫌いなもの…… そして「血液型」の出番である。 もはやここでの「血液型」は抗原云々を意味していない。 性格のバロメーターである。
ここに、未知のものへの潜在的な不安感、 そしてそれを安易に推し量ろうとする気持ちの片鱗が窺える。
つまるところ、(あなたが血液型占いの信者ならば)相手の血液型が判明すると あなたには 一種の安心感が芽生えるのである。 これは一見 良いことのようだ。初対面の人間を素早く理解できたことになるからである。
さて、ここであなたは何をしたのだろうか? 相手の性格を把握した? そうではない。 相手の性格を把握した気になっているだけだ。 もっと悪いかもしれない。 あなたは相手の血液型を聞いた瞬間から、 その相手に対し 多かれ少なかれ先入観を抱くことになる。
これは絶対に良くないことだと思う。 当然、あなたは(こうだろうと決めつけた)相手の性格に合わせて行動する。 それは相手の個性を無視した行動にならないだろうか。 相手に対してとても失礼なことではないか。
東アジア以外の多くの国では、 血液型のことを話のネタにするという風習はほぼ皆無である。 そもそも、東アジア人以外には自分の血液型を調べたことがない、 知らないという人も多い。 (Wikipedia「血液型」より) ここに、「奥ゆかしさ」の負の側面が表れている気がした。
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バーナム効果というものがあるらしい。 この効果の名前を知ったとき、 僕は単に、知っている現象に名前があったんだ という感覚しか持たなかった。 占いがバカバカしいものに見えるのも 「当たり前のこと」 「万人共通のこと」 「当たり障りのないこと」 しか言わないからだ。 そりゃあ みんなに当てはまりそうなことを言えば 予言でも何でも百発百中だろうよ。
バーナム効果とは、 誰にでも当てはまるような曖昧で一般的な診断を 自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう 心理学の現象のこと。
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僕は 1対1で行う占いのほうがまだ信憑性があると思っている。 根拠がある可能性が高まるからだ。
逆に、大衆向けに発信されるものほど 嘘っぱちだとしか思えなくなる。 というか、実際にそうであるような気がする。 前述の「バーナム効果」があるためにそうは思えないのかもしれないが、 何百万人にとっての「ラッキーカラー」なんてどうやって決めているんだと 疑えば分かるのではないだろうか。
だから、みなさんには あまりそういったものに依存してほしくないし、 それを人に押しつけることもしてほしくないのである。
心の道標 程度には、いいかもしれないが。
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