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先日 久々にTSUTAYAを覗いたら、 意外とクラシックが揃っていて(とはいってもやっぱり少ないが)、 当初の目的だったCDのほかに 発作的にクラシック盤ばかり五枚も一気に借りてしまった。
メジャーどころばかり(メジャーどころしか置いてないんだからしょうがない)五枚。 まあ持っていないもののほうが多いのだから、揃えておいて損もあるまい。
借りたのは、 マルタ・アルゲリッチが弾く 『子供の情景 / クライスレリアーナ』(R. シューマン)、 ムソルグスキー『展覧会の絵』、 (ラヴェルのオーケストラ版とオリジナルのピアノ版が両方入っている) フジ子・ヘミングのベスト盤(二枚組)、それとヴィヴァルディ『四季』である。
父が「フジ子・ヘミング ファン」を自称しながらCDを一枚も持っていない 役立たずなので、借りなくていいようなものまで借りてしまった気がする(笑)
借りたCDのうち、 ニコラウス・アーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス演奏の 『和声と創意への試み』は、有名な『四季』四曲と続きの二曲(つまり作品8の前半六曲)を 収録した廉価盤である。 バロックが好きなので 帰ると最初にこれを聴いた。
「!」
あまりにも衝撃的だった。
想像していたような音とは、 少なくとも すでに持っている ムジカ・アンティカNY による演奏とは、 まるっきり違っていたのだった。
(非常に)悪く言えば「汚い」、そんな音だった。 もちろん、「教科書的な」バロック音楽に較べての話だが。
急いでライナーノーツ(廉価盤なのでペラペラ)を見てみる。 どうやら古楽器を用いた、再現的な演奏のようだ。 かつてこの録音がレコードで世に出たとき、 今までのバロック音楽とあまりにも違うので論争を呼んだらしい。 確かに、これまで聴いてきたあの絶え間ない流れのような「バロック音楽」ではなかった。
しかし、聴いているうちに、どんどん引き込まれていった。
指揮者アーノンクールの言葉として 「みんなが楽譜に書いてあることを平然と無視するのが理解できなかった」 みたいなことが書いてあったが、本当にそれを感じさせる演奏だ。
もっともそれが顕著だったのは『夏』の第1楽章だった。 一般的には、ここも『春』から『秋』への流れの一部としてサラッと演奏されてしまうが、 アーノンクールの演奏はすごい。 ライナーの解説にも「止まってしまいそう」とあるほどの 遅いテンポで 夏の暑さ、気だるさを奏でている。 これには納得させられた。
そう、これまで聴いてきた演奏はちっとも『夏』らしくなかったのだ。 聴くぶんには美しくていい。 けれども、「暑さで疲れたように弾く」という作曲者の指示まであるのに、 全然そうは聞こえてこなかった。 音楽に関してはずぶの素人だが、印象の違いは一耳(?)瞭然だ。
アーノンクールの演奏には、そういう意味で非常に説得力があると思う。 「『夏』はこうでなきゃ!」と思わせてくれた。
慣れ親しんだ「教科書的な」バロックは、 実はちっとも教科書的ではなかったのだ。
これはぜひ聴いておきたい一枚だ。 ただ、これを最初に聴くのはやめたほうがいいかもしれない。 やっぱり「綺麗なバロック」を聴いてから聴いたほうが、 流れ的にもいいしインパクトも大きくなるだろう。
買っても千円。今度買うとしよう。
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